東京地方裁判所八王子支部 平成7年(モ)732号 決定 1995年9月04日
主文
一 債権者と債務者ら間の当裁判所平成六年ヨ第五九四号資料閲覧謄写許容仮処分命令申立事件について、当裁判所が平成七年三月八日なした仮処分決定を認可する。
二 申立費用は債務者らの負担とする。
理由
第一 請求
一 債務者らは、各自、債権者に対し、別紙資料目録記載の資料を債務者日の出町役場において閲覧させ、かつ、その謄写をさせなければならない。
二 申立費用は、債務者らの負担とする。
第二 事案の概要
一 債権者は、債務者日の出町の住人であり(当事者間に争いがない)、債務者東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合(以下「債務者処分組合」という)が設置、運営、管理する日の出町谷戸沢廃棄物広域処分場(以下「本件処分場」という)について債務者らと日の出町第三自治会及び日の出町第二二自治会(以下「第三自治会」、「第二二自治会」という)との間で、昭和五七年七月九日、同月一二日にそれぞれ締結された日の出町谷戸沢廃棄物広域処理場に係る公害防止協定(以下「公害防止協定」という。これら協定の締結は当事者間に争いがない)に基づき、本件処分場に関する資料の閲覧、謄写をする権利を有するとして、債務者らに対し、別紙資料目録記載の資料(以下「本件資料」という)の閲覧、謄写を求めた。
債権者が、本件資料の閲覧、謄写を請求できる根拠として援用するのは、公害防止協定一二条(4)であるところ、公害防止協定一二条が次のように規定されていること(第三自治会のものと第二二自治会のものとで差異はない)は当事者間に争いがない。
(処分場の監視組織)
第一二条 乙は、甲が指名する甲の職員、甲又は丙が委嘱する監視員並びに丙の住民(以下「監視員等」という。)が監視等の必要のため処分場内に立入る場合、誠意をもって対応し、次の事項を遵守しなければならない。ただし、監視員等の範囲は、甲又は丙があらかじめ乙に報告するものとする。
(1) 乙は、監視員等に対して、処分場の造成工事開始から、廃棄物の埋立開始、完了、閉鎖までの間随時、必要に応じて乙の所有する資料を閲覧させなければならない。又、監視員等から廃棄物その他の試料の採取又は資料の提供の要求があったときは、それに応じなければならない。
(2) 乙は、公害の防止、処分場の設備等に関する重要な変更及び改善、本協定書違反時の措置等について、甲及び丙から要求があったときは、誠意をもって協議しなければならない。
(3) 乙は、処分場の監視に係る経費の全部又は一部を必要に応じて負担しなければならない。
(4) 乙は、処分場に関する資料の閲覧等について、周辺住民から要求があったときは、甲を通じて資料の閲覧又は提供を行わなければならない。
(右甲は債務者日の出町、乙は債務者処分組合、丙は第三自治会又は第二二自治会をいう)
二 主な争点
1 債権者の本請求は公権力の行使にかかわるもので、民事保全法に基づく仮処分は許されないか。
2 債権者は公害防止協定一二条(4)に基づく資料の閲覧、謄写請求権を有するか。
(一) 公害防止協定一二条(4)により資料の閲覧などの請求権者と規定されている「周辺住民」とは、第三自治会の構成員のうち、処分場対策委員会委員以外の住民を指すのか、それとも第二二自治会の構成員であり日の出町町民である債権者を含むのか。
(二) 公害防止協定一二条(4)により、「周辺住民」が資料の閲覧などの請求をなしうるのは、監視員等が本件処分場に立ち入る場合に限定されるのか。
3 保全の必要性はあるか。
三 債権者は、次のように主張する。
1 公害防止協定一二条(4)は、直接の利害関係を有する周辺住民に対する配慮から、協定当事者ではない周辺住民のために債務者らがなした合意であり、第三者のための契約と考えられるから、周辺住民が資料の閲覧請求をすれば、受益の意思表示があったことになる。この場合、債務者処分組合は、債務者日の出町を通じて、債務者日の出町は、債務者処分組合と協力して、周辺住民に対し、本件処分場に関する資料の閲覧又は提供を行わなければならない。そして、「閲覧又は提供」には謄写することも含むものである。
2 債務者らは、根拠もなく従前は応じていた閲覧謄写に応じなくなったのであり、このことは本件処分場からの汚水漏れを強く推認させるものであるから、保全の必要性があるというべきである。
四 これに対し、債務者らは次のように主張する。
1 本件仮処分は本件処分場に関する資料の開示を求めているが、廃棄物処理施設の設置・管理は行政庁の行為であって処分の外形を有し、住民の権利義務に与える影響が極めて大きいから、広い意味において公権力の行使に該当するといえ、本件資料の開示について民事保全法に基づく仮処分は許されない。
2(一) 公害防止協定は、本件処分場の設置・運営により、自然環境と生活環境の保全について特段の対応を講ずる必要のある地域を特定し、債務者らがそれぞれの地域の実情に則して地元自治会と個別に締結したものである。したがって、右協定に基づく事項に関する利益又は効果を享受できる住民とは、当該自治会の構成員である。
債権者は第二二自治会に所属する住民である(当事者間に争いがない)ところ、公害防止協定一二条の文言は、第三自治会とのものと第二二自治会とのものとで差異はないが、公害防止協定一五条二項の委任を受けて細目事項について定めた公害防止細目協定(以下「細目協定」という。細目協定の締結については当事者間に争いがない)においては、第三自治会に対する報告義務事項と第二二自治会に対する報告義務事項についての規定は、第三自治会と比べると、第二二自治会に対する報告義務事項はかなり限定されていて、本件資料はそれに含まれないものとなっている。閲覧請求権は報告義務と表裏一体になっているものであるから、本件資料の閲覧請求権を認めているのは債務者らと第三自治会との公害防止協定のみであり、右閲覧請求権の認められている周辺住民とは、公害防止協定の結ばれている第三自治会の構成員のうち、処分場問題対策委員会委員(右委員が一二条本文の「丙の住民」に該当する)以外の住民のことをいうのであり、本件資料の閲覧請求権が認められていない第二二自治会の構成員である債権者には閲覧請求権はない。
(二) 周辺住民が資料の閲覧を求めうるのは、一二条の体裁からして、本文の規定が当然の前提となり、監視員等が監視等の必要のため本件処分場内に立ち入る場合に限られる。
一二条(1)には、債務者処分組合は監視員等に対し、「必要に応じて」資料を閲覧させなければならない旨規定されており、債務者処分組合には、資料の開示条件に対する該当性・必要性・相当性についての判断権がある。したがって一二条(4)により周辺住民が資料の閲覧を求めた場合にも、債務者処分組合にはその必要性等について判断することができる。
債務者処分組合は資料の閲覧を求めている者が当該自治会構成員かどうかわからないと対応できないので、周辺住民が資料の閲覧を求める場合には、必ず債務者日の出町を通じて行う必要がある。したがって、債務者日の出町にも当該閲覧請求の該当性・必要性・相当性を判断する権利が認められている。
(三) 右一二条で認めているのは閲覧又は提供であり、提供とは、資料のうち閲覧の対象となる書類以外の資料を視覚で確認するために提供することをいうのであり、書類の謄写をいうものではなく、謄写権は認められていない。
3 債務者らが資料の開示を拒否したのは、環境汚染の実態はなく、資料開示により第三自治会と第二二自治会との信頼関係を崩すおそれ及び債権者らが誤った情報を住民に伝えるおそれがあると考えたからであり、債務者らに本件資料の隠匿、改ざん、滅失のおそれはなく、保全の必要性は存在しない。また、債権者の本件仮処分による資料閲覧請求は、本案訴訟における証拠資料の確保が目的であるが、右請求の可否は本案訴訟の審理において証拠資料提出申立手続により本案裁判所が判断すべき事項である。さらに、本件資料の開示が認められると、これが本件処分場の運営に対する政治的反対運動の一環として利用されることが考えられる。
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 本請求が公権力の行使にかかわるものであるとの主張について
廃棄物の処理施設の設置・管理は権力的な行政処分ではなく、本事案は、その廃棄物処理施設に関する資料の閲覧、謄写の問題であって、行政庁の公権力の行使すなわち国又は公共団体の行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものには該当しないから、民事保全法に規定する仮処分をすることが許されないとはいえない。
二 公害防止協定一二条(4)について
1 右規定はその文言からいって、右協定の直接の当事者とはいえない第三者である「周辺住民」のための契約であり、「周辺住民」が要求すれば、債務者処分組合は本件処分場に関する資料の閲覧、提供を行う義務を負うことになる。
さらに「債務者日の出町を通じて」とは、債務者日の出町が資料の閲覧、提供に関わる行為を現実的に担うことを意味するから、結局、債務者日の出町も、債務者処分組合から提供された資料を、「周辺住民」に対し、その要求により閲覧させ、提供する義務を負うことになると解される。
2 「周辺住民」の解釈及び閲覧請求の範囲
債権者は債務者日の出町の第二二自治会の構成員であり(争いがない)、本件処分場から約三〇〇メートルの距離のある所に住んでいる。
債務者らは、右「周辺住民」とは、公害防止協定を締結した自治会構成員に限られると主張する。しかし、公害防止協定の規定の文言上、自治会構成員については、一二条の冒頭で、「甲が指名する甲の職員、甲又は丙が委嘱する監視員並びに丙の住民」を「監視員等」と定義し、この中に包含されると解されるところ、右「監視員等」とは明らかに異なる文言である「周辺住民」という語句を格別定義をせずに使用していることからすると、一般的に本件処分場の近隣に住んでいる者のことを「周辺住民」と解するのが相当である。
また、平成四年一月ないし二月ころまでは、第三自治会、第二二自治会のいずれにも属さないが日の出町町民である者からの資料閲覧請求に対し、債務者処分組合は、日の出町保健衛生課を通じて、本件処分場への搬入トラック台数台帳、各地でのごみの焼却残滓の成分表、処分組合が定期的に調べている水質検査等の資料の閲覧に応じており、資料の閲覧請求権者を第三自治会の構成員に限定するような実際上の取扱いはなされていなかったことが認められる。
右のとおり、公害防止協定の規定の文言上からしても実際の取扱上からしても、公害防止協定一二条(4)に規定する「周辺住民」を第三自治会の構成員に限定する合理的な理由は見いだし難く、第二二自治会の構成員である債権者は右公害防止協定の「周辺住民」に該当すると認められる。
第三、第二二自治会の当時の役員らが、公害防止協定の効力が及ぶのは当該自治会の構成員のみであると締結当時から考えていたと述べ債務者日の出町の代表者町長及び債務者処分組合の事務局長も同様の趣旨を述べるが、これは右判断を左右するに足りない。
これに対し、債務者らは、公害防止協定を受けて細目事項について定めた細目協定においては、第二二自治会に対する報告義務事項は第三自治会に対する報告義務事項に比べて限定されたものとなっていて、本請求の対象となっている資料は第二二自治会に対する報告事項に含まれておらず、資料の閲覧請求権と報告義務とは表裏一体の関係にあることから、公害防止協定一二条(4)の周辺住民に第二二自治会の構成員である債権者が含まれるとすると、債権者は第三自治会との公害防止協定における「周辺住民」として資料の閲覧請求権を有しているのに、第二二自治会との公害防止協定上はこれを閲覧できないという矛盾した結果を生じると主張するが、そもそも、一般に、ある事項についての報告義務とある資料の閲覧請求権とはその性質・目的・効果を異にするものであって必ずしも報告すべき事項の範囲と閲覧請求し得る資料の範囲とが一致するとは限らないし、細目協定において、債務者処分組合が、ある事項について報告する相手方は自治会であるのに対し、資料の閲覧請求権を有するのは、いずれにせよ「周辺住民」個人なのであるから、処分組合の第三自治会に対する報告義務と周辺住民個々人の処分組合に対する資料閲覧請求権が表裏一体の関係にあるとは到底解し難く、第二二自治会と債務者処分組合などとの間の細目協定において、ある事項につき、債務者処分組合が第二二自治会に対して報告すべきとされていないことがすなわち第二二自治会の構成員である債権者が右事項に関する資料の閲覧請求権を有しないということには必ずしもならないのであって、債務者らの右主張は理由がない。
3 公害防止協定一二条により債権者が資料の閲覧などの請求をなしうるのは、監視員等が本件処分場に立ち入る場合に限定されるか。
公害防止協定一二条の文言上、その冒頭において監視員等の立入りが規定され、以下(1)ないし(4)の規定がおかれているが、右(1)の規定は、債務者処分組合は監視員等に対し「随時、必要に応じて」資料を閲覧させなければならないと定められていて、監視員等の立入りがされる時間帯に限定されていないことは明らかであるし、(2)も債務者処分組合は、債務者日の出町及び第三ないし二二自治会から「要求があったとき」は協議に応ずべきであることが定められていて、同様に監視員等の立入りがされる時間帯に限定されておらず、(3)は監視にかかる経費負担の問題であるから、監視員等の立入りの費用に限定されてはおらず、(4)も周辺住民から「要求があったとき」に資料の閲覧又は提供をすべきであると規定されていて、(2)と同様に限定されていない。また、「周辺住民」に資料の閲覧請求を認めたのは、本件処分場の安全性などに関する監視態勢の一環として、監視の実行性を確保するためには、周辺住民が一定の資料を閲覧などして資料検討の機会を確保する必要性があるからであるところ、右必要性は、監視員などが本件処分場に立ち入る場合に限定されるべきものではないのであるから、公害防止協定一二条(4)項の周辺住民の閲覧請求権を、監視員が本件処分場に立ち入る場合に限定すると解釈すべき背景的事情も見いだし難い。したがって、債務者ら主張のように右(1)ないし(4)の権利又は義務が監視員等が立入りをする場合においてのみ認められるものであると解すべきではない。
4 謄写の可否
右「閲覧又は提供」には、右資料が多数の観測結果の数値の表で、量的にも膨大であり、閲覧の実効をあげ、当事者双方の便宜にも資するためには、謄写をすることを認めるべきであるから、謄写も含まれると解するのが相当である。
三 保全の必要性について
債務者らは、従前、格別地元自治会の構成員に限定せず日の出町住民からの本件処分場の資料閲覧、謄写請求に応じてきたが、平成四年二月以降はこれを拒むようになり、その理由も当初は準備に時間がかかる等の形式的な理由をつけていたこと、住民側から本件債務者ら外二六名(市町)に対し、平成五年七月九日に東京都公害審査会に調停が申し立てられ、債務者側は独自の調査によると汚染の事実が認められないとして資料閲覧の必要はないと一方的に述べるのみで調停委員長が共同調査を最終勧告したが、これを拒んで平成六年一〇月一四日調停打ち切りとなったこと、当裁判所において本件資料について証拠保全決定が出されたが債務者らはこれに従わず、同じく本件資料の閲覧、謄写請求を認める仮処分決定の発令後も債務者らは閲覧、謄写に応ぜず、右仮処分決定の間接強制に関する決定が発令されても応ぜずに現在まで間接強制金を支払い続けていることが認められる。
以上の事実に照らすと、本件処分場内の処理水や周辺の河川、井戸水等の水質環境調査によって特に環境保全上問題のあることを示す数値が出ていないことを考慮してもなお、本件処分場の安全性を示す本件資料について隠滅、改ざん等がなされる危険性が高いとみられるので、保全の必要性は認められる。
また、本件処分場に続き多摩地区のごみ処理施設として第二処分場の設置が計画され、これについて政治的な争いがあることは認められるが、そのことは本件仮処分の許否に影響するものではない。
四 結論
以上のとおり、原決定は相当であると認められるので、これを認可する。
(裁判長裁判官 逸見 剛 裁判官 尾立美子 裁判官 桜井佐英)